学校はもっと「なぜそれを学ぶべきか」という理由を教えるべきではないだろうか?


実際にはやっている所や先生も多いのかもしれないが、自分の通っていた学校、受けていた授業では、その科目がどういうものか、というのはなんとなく教わったような気がするけれども、教師が「何のためにその科目を学ぶのか」「それを学ぶと何の役に立つのか」というような理由を教えてくれた記憶が無い。

これは広げていくと「勉強する理由がわからない」「学校の勉強なんて役に立たない」という、よく言われてしまっている意見が発生する要因になってしまっているのかもしれない、とふと思った。

 

このように思った背景は、知り合いの会社で4月に入社したばかりの新入社員が実践研修中に、「この研修をやる意味がわからない」「無意味だと思うからもう研修には参加したくない」という話をした、ということを聞いたからだ。

この社会人向けの研修というレイヤーにおいては「なぜそれを経験しているのか、何の役に立つのか、立てるべきなのか」という意味合いを”自分で考える”ということも含めて研修にしても良いと思うので、意図がそこにあるならば別段問題だとは思わないが、小学校や中学校の教育であれば話は違う。

 

学校で勉強することについて、体験することについて、「なぜそれを学ぶのか」という理由をもっともっと伝えてあげたほうがいいと思う。

その方が内容にもずっと興味を持てるはずだし、実践を意識しながら学んていく方がずっと実践的に、しっかりと学ぶことができ、学習も深まると思う。そして何より学んでいる差の充実度や楽しさが違う。
(試験勉強をする際にも闇雲に勉強をするのではなく、きちんと目標を設定して、過去問を解いてから勉強をする、という方法を取るのと重なることもあると思う)

算数っていうのはこういうことを学ぶ学問で、これを通してこんなことがわかって、こんなに成長するんだよ、そうするとこれこれこういうことができる、こんなことがわかるようになる、それってとっても有益だし楽しいことなんだ、ということを教師が説明するのとしないのとでは、子どもの学習意欲や成長度合いに大きな差分が生まれるのではないだろうか。

以前、人にものを教える際には「Why」「What」「How」の3点をしっかり伝える、ということが大事だと習い(その教えについてもWhy,What,Howが存在していた)本当にそうだな、と思ったことがある。

Whyは目的、理由。なぜそれを学ぶのか

Whatは内容。学ぶものはどういうものなのか

Howは方法。どう学ぶのか、もしくはどのように活用するのか、などやり方に関するもの

例えばこのサイトで扱っているものであれば
Whatは効率的な勉強法、というようなものになる。
Whyはそれを知っていることで、勉強の効率や結果が大きく異なってくること、限られた人生を有効に使うためや、自分の人生をより主体的に生きていくための力となること、等を説明することが必要だ。
Howに関しては色々な記事でこれからも書いていくので現在かんけつしているわけではないが、最も重要な内容としては、やはりこちらの投稿で紹介している験勉強法において最も大切な4つのポイントを見ていただきたい。
もっとも伝えたいHowはここに記載されている。

娘に対してこれから色々なことを伝えていくことになるのだろう。その際はしっかりと「Why」を伝えてあげたいと思う。

そうでなくてもこどもは「なんで?」「なんで?」と繰り返し聞いてくるそうだが、しっかり目的を捉えて自分で考えられる人間になって欲しいし、そこにはしっかり丁寧に付き合っていきたい。


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投稿者: ga_ro_ri

がろりです。 サイトにお越しいただきありがとうございます。読んでいただいて嬉しいです。 公立中学から、都立高校を経て独学で東大文一に現役合格。 みなさんと生まれたばかりの娘のよりよい人生のために有効な勉強法を広めたいと思っています。

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